初戦:ヤマハと壮絶な激闘繰り広げた、都市対抗史に残る1967年準決勝。

今年の都市対抗初戦の対戦相手がヤマハと聞いて、往年の日立製作所ファンなら、1967年の一戦を思い出されたかもしれません。
 
日立製作所は過去の都市対抗本大会で、ヤマハ(旧・日本楽器)と3度顔を合わせています。その中で1967年(第38回大会)の準決勝での激突は、決着まで3日間もかかり、”都市対抗史に残る壮絶な激闘”と言われています。
この大会で、日立投手陣は、1回戦から準々決勝までの3試合を無失点に封じていました。そして迎えた準決勝は8月5日。相手は、ヤマハの前身・日本楽器でした。
 
■8月5日――引き分け再試合
真夏の午後3時半に始まった汗みどろの攻防は、4時間20分に及び、いつの間にかナイターに。3万人の観衆で満員の後楽園球場は九回、最大の見せ場を迎えていました。
2-4とリードされた日立製作所の攻撃で、1死満塁のチャンス。場内が騒然となるなか、松浦毅選手(日鉱から補強)はライト線への適時二塁打! 2者が還り、4-4の同点に追いつきます。この時、一塁走者の高畠導宏選手(日鉱から補強)も一気にホームを突きますが、相手の好返球に刺され、惜しくもサヨナラ勝ちはなりませんでした=写真。
日立製作所は五回から救援したエース・村井俊夫投手が9イニングを1失点と好投。延長戦にもつれ込んでも両者譲らず、両チーム合計4本塁打を含む32安打が乱れ飛んだ試合は、大会規定により延長十三回引き分け再試合になりました。
 
■8月6日――雨でノーゲーム
8月6日の再試合は、両チームともゼロ行進。六回表の日立製作所の攻撃が終わったところで、雷雨により試合が中断し、そのまま降雨によりノーゲームとなりました。
 
■8月7日――決着
仕切り直しの8月7日の再試合は、1点を争う接戦となります。
日立製作所は五回に先制しましたが、七回に同点ソロ本塁打で追い付かれます。再び延長戦にもつれ込んだ試合は、3時間13分を費やしました。
日本楽器が3投手をつないだのに対し、日立製作所は先発した松井副武投手が孤軍奮闘しましたが、延長十回に三塁打などで2点を失い力尽きました。
 
引き分けた1試合目で3番・一塁で出場し、チームトップの4安打を放ったのが、山田智千選手(現茨城県野球連盟理事長)です。「(8月5日の引き分けた試合で)延長でサヨナラのチャンスの2死二塁で打席が回ってきた時に、凡打したのが残念だった。チームで19安打も打って4点しか入らなかった。内容では勝っていた試合だった」と回想しています。

■2002年は大勝
なお、直近の戦いは2002年(第73回大会)。この年のヤマハは優勝候補にあげられていましたが、初戦で対戦した日立製作所は、先発全員の14安打を放ち、8-0で大勝しています。
 
今年の対戦でどんなドラマが生まれるのか楽しみな都市対抗本大会。ヤマハと激突する初戦は11月27日(金)午前10時~。
試合はこのサイトでも動画にて中継予定です。
球場で、ご自宅で!皆さんの力を結集し、チームを後押しいたしましょう!

【ヤマハとの過去の対戦成績】
■第38回大会(1967年) 準決勝

12345678910111213R
日本楽器
0
0
1
2
0
0
1
0
0
0
0
0
0
4
日立
0
0
0
0
2
0
0
0
2
0
0
0
0
4
(延長十三回引き分け再試合)
(楽)仲子、高橋、三田、岡部―細川、柏原
(日)松井、村井―手塚、岡崎
▽本塁打 山田、中野、川島(楽)高畠(日)▽二塁打 加藤(楽)松浦2、森村、木沢(日)

123456R
日立
0
0
0
0
0
0
0
日本楽器
0
0
0
0
0
0
(降雨ノーゲーム)

12345678910R
日本楽器
0
0
0
0
0
0
1
0
0
2
3
日立
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
(延長十回)
(楽)高橋、岡部、仲子―細川、大場
(日)松井―手塚
▽本塁打 中野(楽)▽三塁打 大場(楽)▽二塁打 高畠(日)

■第43回大会(1972年) 準々決勝

123456789R
日立
0
0
0
1
0
1
0
0
0
2
日本楽器
0
1
0
0
0
0
0
1
1
3
(日)高田、佐藤―内田
(楽)新美、池谷―古川
▽本塁打 山田2(日)植松(楽)

■第73回大会(2002年) 1回戦

123456789R
日立
0
1
0
4
0
0
3
0
0
8
ヤマハ
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
(日)斉藤、奥原、原田―宮田
(ヤ)鈴木裕、中ノ瀬、石井、歌藤?奥山、松尾
▽本塁打 嶋田(日)▽三塁打 松本(日)▽二塁打 松下2、嶋田、矢萩(日)星川(ヤ)